大宇宙屋ができるまで(まり編)
子育てを終えて
私が陶芸を始めたのは、下の息子が中学生になってしまい、上の子が幼稚園に入って以来ずっと役員などを楽しくさせていただいていた日々が終わり、心の中にぽかっと空間が出来てしまったからです。
息子たちは当然のように物理的にも精神的にもどんどん親から離れていき、自分の気持ちの切り替えを巧くしないととても寂しい思いをすることになる・・・と漠然とした不安が膨らんできました。
この際、今まで余裕が無くて出来なかったことをはじめよう!と 今から思うと無理なく自然に 陶芸の世界に足を踏み入れることになったのです。そこで考えたのは二つ。
一つは高校時代→長男が産まれるまでやっていたゴルフを再開すること。
もう一つは大学生の時からずっとやりたかったけどお小遣いが足りなくて諦めていた陶芸教室にいよいよ行こう。と決めたのです(当時陶芸教室は大金持ちの先輩方の優雅な趣味・・だったのです)そのころもう一つの変化が私に起こりました。
それこそが「インターネット」。ネットが私の生活に入り込むには 面白い偶然が重なったりして(カナダでたまたま出会ってお話しした方とネット上で偶然再会など)それほど時間はかかりませんでした。
さていよいよ実践です。
まずは3月に子供の卒業式直後に行った二ューヨークで新品のゴルフクラブセットを買い、そして少しぐずぐずしながら9月にかねてより看板が目に入っていた陶芸教室の門を叩いたのでした。
ところが ゴルフは十数年やっていない間にクラブも靴も変わってしまい まるで違う世界に足を踏み入れようとしている感覚でした。しかも高校当時の打ち方と同じ気持ちでやっても見事に体がついていかないのです。力任せにやっていた若いゴルフは 元々やっていただけにこの年に再挑戦となるととても大変なことに気がつきました。そんなときに触った粘土は、20年もあこがれていただけに楽しい楽しい! 寝ても覚めても陶芸のことを考えるようになり、教室の帰り道には「早く来週にならないかしら」と思うぐらいはまりこんでしまいました。
その気持ちこそが そのころ作ったホームページ「早く来い来い木曜日」の題名になったわけで、そこからネット上に陶芸仲間ができるのもあっと言うまでした。そらさんと会う
そらさんに初めてあったのは銀座の画廊でした。
それまでは 上記に記したようにお互いのHPなどでおしゃべりをしていた気楽なネット上の知り合いだったのですが、そらさんが窯焚きをお手伝いしていらっしゃる備前の鍋島先生の個展が銀座であると言うことを知り、そらさんに連絡することもなくこっそりとお邪魔してみたのです。ネットで知り合った方とお会いする(いわゆるオフ会)というものにガンとして出席したことがなかった私が、なぜ「行ってみようかな」と言う気持ちになったのか全く持って不明です。
いえ、具体的には不明なのですが きっとなにか惹かれる所があったので足を運んだわけで、その「なにか」こそ現在の大宇宙屋に繋がるのでしょう。銀座の画廊で初対面・・・というと何ともおしゃれで格好いいのですが、私は当然普段着でふらっと伺っただけですので おしゃれという雰囲気とは全く遠いものです(笑)
しかも「そらさん」というハンドルネームしか知らずに伺ったものですから、画廊の方に「どの方がそらさん?」と伺うに伺えなくて四苦八苦してしまい、そのぶん「名前も証さないでこっそり見て帰ろう」と思っていた気持ちが「どうしても会って帰ろう」と言う気持ちに変わってしまいました。
そらさんの印象は「想像していたより案外普通な感じ」「良い感じ」というイメージだけが残りました。
柴犬の「がく」と窯
そんなとき また私の生活に二つの大きな動きが起こりました。
何年も自分の身の回りにまとわりついていた息子どもの代わりになる何か・・・を求めていた私にピッタリの、そう、柴犬の『がく』が わが家にやってきたのです。
彼を眺めていると 大きくなってしまった息子のことなんてなにも気にならなくなってしまい、まあ そのぶん柴犬には迷惑かも知れませんが(笑) 生活の全てに柴犬が関わるような日々を送ることになりました。
また時を同じくして 思い切って陶芸のお窯を買うことにしたのです。
教室に通って2年半。たまたま教室が遠くに引っ越してしまう・・・という直接のきっかけもあり、通えないこともない距離だったのですが、うちにやってきた可愛い子犬と一時でも離れがたくなってしまった・・・という隠れた理由もありで、今から思うとよくぞ思いきったものだ・・と自分に感心するのですが、お窯や電動轆轤を買いそろえ、自宅で陶芸三昧・・・を決め込んだのでした。
だからといって 家で次から次へ作品を作ったところで邪魔になるばかりですし、個展や販売などは性に合わないし もちろん力もないし・・と、結局は目的のない陶芸生活に突入したのです。
要は教室に行けば週1回は粘土をいじれたのに、家に道具は揃っているのにあまり粘土を触る機会がない生活になってしまったのです。
大宇宙屋へのお誘い
そんなときにそらさんから一通のメールが・・・。 それこそが大宇宙屋の始まりでした。
この辺りのことは二人のコラムによって書かれているので私はまたいつか書かせていただくことにして、「陶器を作る環境は揃っている だけど余り作ることが出来ない」そんな環境の私にはそらさんのお誘いは渡りに船でした。
以降 菊ちゃんを紹介してもらったり 二人が今まで私の出会ってきた人達とは全く違っていることに驚いたり(良い方で驚いたのです)どんどんことが進んでいったのですが、それもいずれまた・・・。(笑)
今しみじみ思うことは 40才も半ばになり「もうこの年になると新しい生活に身を置く事はないだろう」と思っていたのですが、大宇宙屋のおかげで私に一つ(陶芸に従事しているという)肩書きが増え、それがどんなに心強いことか・・・ 子離れし少し心細くなっていた日々の生活は思いのほか充実した日々になりました。
つくづく幸せだと感じています。